※2020/8/13内容改定
血液ガス分析は,ガス交換や酸塩基平衡の指標であり,そこから得られる病態の情報は,集中治療・救急治療領域において非常に有用です.
でも,なんとなく難しそうで,とっつきにくいと思っている方も多いのではないでしょうか.
ところが,手順通りに調べていけば,血ガスの評価は誰にでもできます.
今回は,救急医療や集中治療が好きで循環器を専攻することにした私が,日々現場で用いている血液ガスの見方を,わかりやすい手順にして解説します.
「今さら,血ガスがよくわからない,とか言い出しづらい」と思っている方も含め,是非,今回の記事を参考にしてみてください.
目次
血液ガスの読み方:3STEPのチェックをするだけ
実際の血液ガスデータを下のチャートに当てはめるだけです.
正常値だけは覚えるか,メモを持ち歩くかしてください.
ちなみに,酸素化以外の指標は静脈血でも評価できます.
私は研修医の途中まで,"血液ガス=動脈血の検査"だと勘違いしていました...
以下では,チャートの構成を3STEPで解説していきます.
STEP① pH:アシデミアかアルカレミアか
まず,アシデミアとアシドーシス,アルカレミアとアルカローシスという言葉と区別できますか?
“~ミア”は状態そのもので,“~シス”の方は“傾向”です.
”雪が積もっている”という状態,“雪が降っている”という積もる傾向,みたいなものです.

例えば,pH<7.36の代謝性アシデミアであっても,呼吸性アルカローシスが併存することがあるのです.(むしろ,代償機構としてよく併存します.)
STEP② HCO3-の変化(代謝性),pCO2の変化(呼吸性)
次に,STEP①で確認したアシデミア,アルカレミアの原因を考えます.
アシドーシス・アルカローシスが併存していた場合は?
STEP③ 代償性変化のルールを知る
なぜこんな話をするのか.
酸塩基平衡異常の代償性変化は好き勝手に起こるわけではありません.
ヒトの身体にあらかじめ仕掛けてあるプログラムに沿って代償が起きるので,その程度にはルールがあります..
ルールから逸脱した程度(数値)だった時,それは複数の酸塩基平衡異常が併存している,ということです,
STEP③-i 代償性変化が予測範囲内か
以下に示す数式で,代償の範疇を調べることもできますが...
代謝性の代償:遅い
代償完成までは4-5日.
呼吸性アシドーシス
急性:代償性⊿HCO3-=⊿pCO2×0.1
慢性:代償性⊿HCO3-=⊿pCO2×0.35±3
呼吸性アルカローシス
急性:代償性⊿HCO3-=⊿pCO2×0.2
慢性:代償性⊿HCO3-=⊿pCO2×0.4±3
呼吸性の代償:早い
代償完成までは12-24時間.
代謝性アシドーシス
代償性⊿pCO2=⊿HCO3-×1.2±5
代謝性アルカローシス
代償性⊿pCO2=⊿HCO3-×0.7±3
※対応速度が早いので,急性・慢性の区別がありません.
(この式を覚えているレベルの人に,私ごときが教えられることもないと思います...)
メモを持ち歩くのもいいし,ささっとググるのもいいでしょう.
しかし,代謝性アシドーシス・アルカローシスのとき限定で,便利で簡便な指標があります.
STEP③-ii マジックナンバー15 -代謝性アシドーシス・アルカローシス-
代謝性アシドーシス,代謝性アルカローシスのとき,以下の式が成り立ちます.
代謝性アシドーシス,代謝性アルカローシスのとき
予測pCO2=HCO3-+15±1
“マジックナンバー15”なんて言われます.
「pCO2の基準値を40とし,HCO3-の基準値を25としたとき,その差が15で...」
みたいに考えてできた式ですが,その導き方は省きます.
ただ,私自身,「もっと正確な指標であって,それでいて簡単な式はないかな?」と思い,式をいじってみましたが,結局この式が完成度の高いものだと気づかされて終わりました.
それだけ信頼のおける近似式です.
多くの本には,「pCO2=HCO3-+15」で載っていますが,私オリジナルで「±1」を追加しています.
式をばらしてみると,だいたいその程度の誤差なら許せる,と判断したからです.
(興味のある人はご自身でいじってみてください.)
とにかく,この予測式から外れた場合は,呼吸性アシドーシス・アルカローシスの合併を考えます.
但し,呼吸性アシドーシス・アルカローシスのときは成り立たないので注意です.
STEP③-iii 呼吸性アシドーシス・アルカローシスから急性疾患を見逃さない
呼吸性アシドーシス・アルカローシスを詳細に評価するには,代償の予測式に当てはめることが必要です.
式の構成を理解しておくと,少しとっつきやすくなります.
急性より慢性,アシドーシスよりアルカローシスで係数が大きい,即ち,緩衝が強く働きます.
(係数が,0.1-0.2-0.35-0.4 なので"1234のルール"なんて言ったりします.)
これに加え,慢性の代償では腎性の代償が働きます.
急性の代償では,腎機能があまり関係ないこともわかりますね.
急性呼吸性アシドーシスは,場合によっては機械的換気が必要となり,臨床的に判断を急く病態です.
上述の式を踏まえるに,急性呼吸性アシドーシスではpCO2が仮に80だとしても,HCO3-は28±1.
このような考え方から,呼吸性アシドーシスでおおよそHCO3-<30なら,急性の呼吸性アシドーシスの可能性が高くなります.
呼吸性アシドーシスのとき
HCO3-<30は,急性呼吸性アシドーシス
primary surveyを改めて確認し,特にAir way,Breathingを見直しましょう.
一方で,HCO3->30の時は,急性と慢性,いずれの可能性もあり,代償もそこそこ働いているので,落ち着いて原因を考えましょう.
むやみに酸素投与をすると,CO2ナルコーシスになるので注意です.
また,呼吸性アルカローシスの代表的原因は,低酸素血症.
低酸素血症の遷延は致命的なので,「代償はどうか...」なんてことより,まずはPaO2を確認しましょう.
呼吸性アルカローシスのとき
PaO2<60は,Ⅰ型呼吸不全
この場合は,バイタルサインの安定を優先しなければなりません.
注意点:代償作用の原則
酸塩基平衡における代償作用の原則があります.
- 過代償は起こらない
- pH≦7.20やpH≧7.60:代謝性・呼吸性の併存を疑う
過代償は起こらない
例えば,
「腎不全による代謝性アシドーシスがあり,代償として呼吸数が増えて,呼吸性アルカローシスが起きた.しかし,代償しすぎて呼吸性アルカレミアになった.」
という話は無し,です.
この例で,本当にアルカレミアがあるなら,過剰な代償ではなく,病的な呼吸性アルカローシスが併存している可能性,を考えます.
pH≦7.20やpH≧7.60:代謝性・呼吸性の併存を疑う
代謝性・呼吸性の変化はお互いが代償し合うものですが,pH≦7.20やpH≧7.60などの高度のアシデミア・アルカレミアを認めた場合は,代償が上手くは働いていない可能性,すなわち,代謝性・呼吸性のアシドーシスないしアルカローシスが併存している可能性を念頭に置くべき,ということです.
まとめ
最後に,もう一度STEP①からSTEP③をチャートで確認します.
実際の症例の血液ガスの値を当てはめてみると理解しやすいかもしれません.
今回の記事を読めば,簡単な解釈はできるようになったはずです.
あとは,それぞれ原因を考えていくだけです.
それは,他の記事でお話しします.
※ちなみに,血液ガスの解釈の仕方には古典的なアプローチ,Base Excessアプローチ,Stewartアプローチなどの種類があります.今回説明するのは,古典的なアプローチになりますが,必要な補正をすれば,最新の手法に診断精度は劣らないとされています.
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初心者のための代謝性アシドーシスの考え方・鑑別診断
酸塩基平衡異常は代謝性変化と呼吸性変化に大別されます. 呼吸性変化は,primary surveyの側面が強く,対応の速度も求められます. 一方で,代謝性変化は,緊急の側面こそ弱まるものの,解釈が難し ...
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STEP⓪ NaとClの差に注目
おまけですが,ものすごく便利な考え方を紹介します.
それが血清Naと血清Clの差です.
ココがポイント
Na-Clが36から大きく外れたら血ガスを検討
Na-Clを評価すれば,血ガスを見なくても酸塩基平衡異常を察知することができます.
このルールは以下の式から導きます.
Na+-Cl-=AG+HCO3-
HCO3-の正常値を24,AGの正常値を12とすれば,Na-Clは36前後であるべきです.
Na-Cl≳38 :AG or HCO3-が上昇している
基本的にはHCO3-の上昇,すなわち,代謝性アルカローシス,もしくは呼吸性アシドーシスの腎性代償を示唆します.
AG上昇型の代謝性アシドーシスの場合,同じ量のHCO3-が低下するので,通常Na-Clは開大しない.
Na-Cl≲34 :AG or HCO3-が低下している
HCO3-の低下であれば,AG正常代謝性アシドーシス,もしくは呼吸性アルカローシスの代償性変化が示唆されます.
但し,AG低下が疑われる以下の病態では,HCO3-の低下が無くてもNa-Clは低下するので注意.
Stewart approachは,代謝性アシドーシスの詳細な評価に有用ですが,それは別の機会に話します.