新型コロナウイルス流行の影響で,ECMO(エクモ)がメディアなどでも言及されるようになりました.
皆さんはECMOがどのうような医療デバイスか知っていますか?
医療者の方でもどんなものかよく知らない方も多いのではないでしょうか?
今回の記事はECMOについて基本的なことを,循環器ハイボリュームセンターでの経験を元にわかりやすく解説します.
ECMOの知識がゼロの人でも理解できるような内容にしています.
ECMOの勉強を始めようとしている人は,まずこれ読んでからの方がイメージしやすいと思うので,是非読んでみてください.
ECMOとは何か
「はいはい,なるほどね.オッケー」
とはならないと思うので,掘り下げていきます.
➀“ECMO”という言葉の意味
ECMOとはExtracorporeal membrane oxygenationの略です.
直訳するなら「体外の膜による酸素化」という感じでしょうか?
意訳するなら「酸素化を補助する体外人工肺」です.
これはECMOの一種,V-A ECMOの別名です.(本邦では主にPCPSと呼びますが,世界的にはV-A ECMOと呼びます.)
ECMOにはV-A ECMOとV-V ECMOの2種類がありますが,今回言及するECMOの話は,ほぼV-A ECMOの話になります.
➁実際の効果
ECMOは,その名の通り,人工肺として酸素化補助効果があります.
また,それとは別に遠心ポンプによる循環補助もできます.
言うなれば,心臓の役割も果たします.
人工の心臓と肺.
つまり,人工心肺という認識が(名前がさす人工肺というイメージより)正確なイメージです.
心臓と肺が限りなく機能を失っても,全身の酸素化を保てるということになるので,現代医療における究極の体外補助デバイスと言えます.
➂ECMOの正体
ここまで読むと,
「心臓が止まってもECMOさえあれば,心臓が究極に休憩できる!」
「大動脈バルーンパンピングなんかより,ECMOをさっさと使えば,心臓が休まって心不全も早く良くなるんじゃないの?」
という大きな勘違いをされる方がいると思います.
しかし実際には,ECMOは心負荷軽減を目的としてはいません.
ECMOの至上目的は(心臓以外の)臓器保護.特に脳保護です.
「心臓を復活させる魔法」などではなく,「心臓(や肺)がダメな間,脳を守る時間稼ぎ」なんです.
心筋梗塞なら血行再建,肺塞栓なら抗凝固療法などの,根本的な治療の効果が現れる前に,脳が死なないように時間稼ぎをしているだけなんです.
ココがポイント
ECMOとは補助人工心肺であり,究極の体外補助デバイスであるが,主な目的は脳保護.(基本的には心保護戦略ではない.)
ECMOの仕組み
➀どうやって使うのか
ヒトの身体には,コンセントみたいに人工心肺を接続する端子はついていません.
なのでUSBメモリーみたいに気軽に人工心肺を装着するのは無理です.
実際には,血管を介して,人体とECMOは接続されます.
➁どんな見た目をしているのか
ECMOの実物を見てみましょう.
これが人工心肺及び血管へ挿入するカニューレ(管)です.
丸印で示したところが,それぞれ遠心ポンプ(人工心臓)と人工肺です.
実際には,遠心ポンプと人工肺に,ポンプコンソール(制御装置)および酸素ブレンダーがそれぞれつくので,器械自体の見た目は仰々しいイメージになります.
図にしてしまえばそこまで複雑なものでもありませんが.
こんな感じで酸素化と循環を補助します.
血液透析を見たことある方なら,そのイメージに少し近いです.
ECMOのカニューレの太さは,送血管で14-21Fr,脱血管で18-24Fr程度です(メーカーにもよります).
透析針は16G(直径1.6mm)程度.
最小径の14Frでも直径5mm弱なので,面積を計算すると(乗数になるので)透析針の10倍程度.
カニュレーション後は最低でも10倍の穴が血管に空くことになります.
ECMOは侵襲性が非常に高いデバイスです.
➂酸素化と循環,それぞれを補助する仕組み
ECMOの作用は,酸素化と循環の補助です.
酸素化の補助
ECMOは,ガス交換を体外の装置(人工肺)で行います.
血液透析において,体外で老廃物を処理するのと同じようなイメージです.
すなわち
酸素化の悪くなった血液を体外に脱血 →人工肺で酸素化を良くする →体内に戻す
という流れです.
血液透析と異なる点
血液透析では水や尿毒物質の排除,つまりマイナスすることが主な目的ですが,ECMOはその逆.
酸素をプラスすることが主な目的です.
水や尿毒物質は,通常,急激なスピードで蓄積するものではないので,維持透析は週3回1回3時間程度が平均的です.
つまり,最低でも2日程度は透析しなくても突然人は命を落としません.
一方,ECMOではそうはいきません.
窒息してから人が命を落とすのには1時間もかからないでしょう.
よって,酸素を供給する役割であるECMOは,透析のように“週3回”というわけにはいきません.
持続で行うことは当然で,かつ酸素の消費スピードの拮抗させるためにはそれなりに回路流量も必要となるので,挿入するカニューレの太さも太くなるわけです.
循環の補助
心臓のポンプ機能を代償するわけですが,早い話,すごい勢いで血液を送り込めば臓器に血流は届きます.
それを可能にしているが,遠心ポンプと,極太カニューレ(送血管は最低でも14Fr程度)です.
この循環補助の最大の特徴であり欠点は,還流の方向です.
V-A ECMOの循環補助の欠点
上のイラストの通り,V-A ECMOの送血は腹部大動脈に先端があるカニューレから頭側方向に向かって送血されます.
生理的循環とは逆です.
脳や腹部臓器にとっては正常循環と大差ありませんが,心臓から見れば,"反対側からとんでもない勢いで血液が流れてくる"状況なので,とても負担になります.
難しい言葉を使えば,左室後負荷になるんです.
これが,ECMOは基本的には心保護戦略とは言えない理由です.
"最終手段"というイメージがピッタリです.
ちなみに,V-A ECMOを管理する場合は,心臓後負荷軽減のために,大動脈バルーンパンピングを併用するのが一般的です.
同じ補助循環でも,大動脈バルーンパンピングとはそもそもの目的が違うということです.
ココがポイント
ECMOは,血液透析のように,体外で酸素化した血液を体内に戻すことで酸素化を補助する.
・多くの血流量と持続補助が必要なのでを,侵襲性が高い.
・ECMOが作る補助循環は,血流方向が非生理的であり心負荷になる.
余談➀:前負荷軽減効果
確かに右心房からの脱血による前負荷軽減効果はあります.
しかし,逆方向送血による後負荷上昇がそれを上回ります.
そのため,総合的にはやはり,心負荷は上昇するのが一般的です.
実臨床では,V-A ECMO導入後に(後負荷上昇のために)肺水腫が増悪し,自己肺の酸素化が非常に悪くなることはよくある現象です.
余談➁:V-V ECMO
V-A ECMOの適応と合併症
良い適応とされる病態と,合併症を紹介します.
良い適応
実は,V-A ECMOの導入基準に確定的なものはありません.
敢えて適応をぼかしてくれているのかもしれません.
世界的にECMOの使用法を示してくれているExtracorporeal Life Support Organization(ELSO)のガイドラインなどによると、下記が挙げられます.
V-A ECMOの適応疾患
・急性心筋梗塞
・劇症型心筋炎
・重症肺塞栓症
・難治性不整脈
・偶発性低体温
・薬物中毒による心不全
基本的には回復が見込める病態です.
V-A ECMOはあくまでも時間稼ぎであることを強調しておきます.
"心肺停止"に関しても,院外心停止で目撃者無しの場合,蘇生の見込みが低くなるので,適応とならないことが多いです.
≫V-A ECMO(PCPS)の適応はここで詳しくまとめています.
禁忌
絶対禁忌
「明らかに無益な症例には使用しちゃダメですよ」ということです.
相対禁忌
・重症大動脈弁閉鎖不全症
・大動脈解離
・多臓器不全
・高度の末梢動脈硬化症
無益な可能性が高い,もしくは,合併症のリスクが高い,という症例ですね.
丸覚えするというよりは,ECMOの特徴やリスクを知っておけば,自ずと「良い適応ではないな...」と思えます.
合併症
➀出血
30-50%の確率で発生するとされる最大の合併症.
その3割以上は,手術部位やカニュレーション部位からの出血とされます.
ECMO回路という異物が血液に長時間接触することによる異物反応が,凝固因子や血小板を消耗することが大きな誘因です.
貧血や循環血液量の減少は,循環不全を悪化させるので,最も注意しておくべき合併症です.
➁血栓
"出血が多い"と話した後にこれです.
血液透析と同じように,抗凝固をしないと回路内に血栓ができます.
持続でヘパリンを投与し,ACTやAPTTで管理します.
効きすぎても出血するので,繊細な管理が求められます.
➂感染
人工物留置一般に共通の合併症ですが,ECMOも例外ではありません.
生命維持がECMOに依存することが多い分,容易に抜去することもかなわず,起きてしまうと非常に面倒な合併症です.
➃溶血による急性腎障害
回路との異物反応では溶血も起こります.
すると,溶血で生じた遊離ヘモグロビンは,腎臓で尿細管障害を起こし,急性腎障害を起こすことが問題となります.
ハプトグロビンを投与することで,一時的に改善することはありますが,溶血尿が持続する場合は,腎機能の推移や尿量に注意です.
おそらく,PCPSの送血管は腎動脈に割と近いので,高圧の血流によるOver filtrationで,本来の糸球体濾過能以上の尿が"こし出されて"いるものと思われます.
離脱前に尿が出ているからと言って油断しないでください.
➄浮腫
異物反応は炎症性サイトカインの分泌も促します.
この炎症性サイトカインが血管透過性を亢進させ,浮腫や循環血症量減少を引き起こす.
➅下肢虚血
ECMOのカニューレは非常に太いので,挿入側の大腿動脈を塞いでしまい,下肢末梢の阻血を生むことがあります.
下肢の指先の色などには毎日注意しておきましょう.
➆肺水腫
左室後負荷による合併症.
肺水腫がコントロールできないと,ECMOの離脱が困難になります.
この対策として,心負荷軽減の目的で大動脈バルーンパンピングの併用が一般的ですし,必要に応じて強心剤を併用することも多いです.
最近ではインペラという新しい循環補助デバイスを併用することもあります.
相関する合併症
このように多くの合併症がECMOにはありますが,異物反応を起因とする合併症が独特かつ多彩です.
この異物反応は,人工肺と血液の接触で最も起こるので,ECMOとは切っても切り離せない大きな弱点です.
ECMOの制限時間
これらの合併症は,ECMOの使用が長時間になればなるほど生じやすくなり,時間稼ぎのECMOも,時間無制限ではありません.
一般に,ECMOによる補助循環の限界は4-7日とされています.
また,合併症がなくとも,人工肺を始めとした回路の寿命もあるので,主病態の治療は迅速に行い,1日でも早い離脱を目指すべきです.
まとめ
今回はECMOの目的や原理を簡単に説明し,後半は主にV-A ECMOの適応や合併症の話をしました.
この記事から持ち帰っていただきたいメッセージをまとめると
- ECMOは究極の時間稼ぎで,心保護でなく脳保護戦略
- 血液透析のような仕組みだけど侵襲性が段違い
- 離脱できるなら1分1秒でも早く離脱したいので,原病治療がとても大事(回復が見込めない病態は適応外)
です.
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IABPやPCPSなどの補助循環を学べる本【おすすめ2選+1】
この記事のために引用した文献・webページなど
・明日のアクションが変わる 補助循環の極意 教えます 川上 将司 (著)
・最新にして上々! 補助循環マニュアル 関口 敦 (著, 編集), 西村 元延 (監修)
・Dr.正井の なぜなに? がガツンとわかる補助循環 正井 崇史 (著)
・補助循環マスターポイント100 許 俊鋭 (編集)
・Extracorporeal Life Support Organization (ELSO) General Guidelines for all ECLS Cases Version 1.3 November 2013
・ECMOの基礎知識【適応・生理学・導入・管理を中心に】三谷 雄己(web slide)
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■血液透析のイラスト
■人工肺のイラスト
■ECMOのイラスト