心臓カテーテルをご存知ですか?
私は,心臓カテーテルのことを初めて患者さんに説明する時は,「ボールペンの芯くらいの太さの,ストローみたいな中空構造の管を血管内に入れます.」と説明しています.
(一般的に多く用いられる5Frのカテーテルが外径約1.7mm,ボールペンの芯は2mm程度.)
なんとなくサイズ感や雰囲気が伝わればいいと思っていますが,医療従事者側の方であれば,もう少し心臓カテーテルがどういうものか知りたくはないですか?
今回は,600件以上カテーテル検査治療行ってきた私が,全く知らない人でもわかるように心臓カテーテルの基本を解説します.
これから心臓カテーテルに携わる看護師さんや,これから循環器を回る研修医の皆さんは是非読んでみてください.
カテーテルとは
最近では,一般の方々の医療に対する関心が高まり,カテーテル検査・治療がメディアで紹介されることが多くなりました.
「カテーテル」と言われると,「血管カテーテル」のことだけを想起しがちですが,そもそも,カテーテルとは「医療用に用いられる柔らかい管」のことを指す医療用語です.
ドレナージチューブもカテーテルですし,尿道カテーテルもカテーテルです.
血管カテーテルでは,血管の中にカテーテルを入れるので,当然カテーテルの先端を直接見ることはできません.
しかし,それでは正確なカテーテル操作は不可能なので,右のような,アーム付きのレントゲン撮影機が設置されたカテーテル台に患者さんに横になってもらううことで,血管カテーテルは行われます.
脳血管や心血管に対する血管カテーテルは,特に専門的に独立していることが多いです.
心臓カテーテル(以下,心カテ)は,冠動脈や心腔内に対するカテーテル検査・治療です.
心臓カテーテルの対象疾患
心カテはどんな疾患に対して行うでしょうか.
まずは狭心症・心筋梗塞などに代表される虚血性心疾患です.
メディアで紹介される頻度も多いです.
アブレーションやペースメーカーのように,不整脈に対するカテーテルもあります.
また,スワンガンツカテーテルなどは心不全を対象に施行されるカテーテルです.
この3つが心臓カテーテルの対象となる疾患の大きな分類といえます.
ココがポイント
心臓カテーテルの対象疾患は,
虚血性心疾患,不整脈,心不全
の3つに大別される
※その他,深部静脈血栓症に対する下大静脈フィルターなど,特殊なものもあります.
左心カテーテルと右心カテーテル
心カテには,左心カテーテルと右心カテーテルがあります.
左心カテーテルとは
左心系,すなわち動脈系で行われるカテーテルのことです.
代表的なものは冠動脈造影CAGと左心室造影LVGです.
それぞれ,冠動脈の狭窄や閉塞,心機能の評価などができるので,虚血性心疾患の精査目的で行われることが多いです.
おおざっぱに,左心カテーテルは虚血性心疾患の検査,と考えてください.
単純に「心カテをやる」と言ったら,“冠動脈造影をする”という意味で使われることも多く,左心カテーテルは心カテの代名詞です.
右心カテーテルとは
右心系,すなわち静脈系で行われるカテーテルのことです.
代表的なものはスワンガンツカテーテルです.
他には右心室造影などが含まれますが,あまり行われないので,右心カテーテル≒スワンガンツカテーテル,という理解でいいと思います.
(説明の詳細は省きますが)スワンガンツカテーテルは心不全の検査です.
言い方を変えると,右心カテーテルは心不全の検査,ということです.
動脈系と静脈系の違い
なぜ心カテは左心カテ―テルと右心カテーテルで分けて考えられるのでしょう.
重要になるのは出血リスクの違いです.
通常,静脈系の最大圧は中心静脈圧です.中心静脈圧は,うっ血している状態でもせいぜい15mmHg程度です.
一方で,動脈系はどうでしょう.最大の動脈圧は収縮期血圧です.正常で100-130mmHg程度,人によっては150mmHg以上の時もあります.動脈には静脈の10倍以上の圧力がかかっていることになるわけです.その分,止血は困難であり,出血した時のリスクは動脈の方がはるかに高くなります.
もう一つは,塞栓症のリスクです.
カテーテルには,血栓形成をしたり,空気塞栓を血管内に入れてしまうリスクがあります.
静脈は,万が一血栓や空気塞栓が生じても,流れついた先の肺でトラップされます.故に,動脈系に流れることはなく,大量の塞栓でない限り重篤なトラブルとなることはありません.(卵円孔開存などの特殊な病態があった場合は除きます.)
一方,動脈に血栓や空気塞栓が混入した場合は,塞栓症を発症することになります.特に注意すべきは脳梗塞です.
脳梗塞は心臓カテーテル最大の合併症で,カテーテルを施行する際には,必ず患者さんにそのリスクを伝えねばならない重要な事項になります.
ココがポイント
➢左心カテーテルは,動脈を使用する,虚血性心疾患に対する検査
➢右心カテーテルは,静脈を使用する,心不全に対する検査
➢動脈系と静脈系では合併症リスクが大きく異なる
ただ,上述したとおり出血リスクや塞栓症リスクが両者で全く異なるので,検査前後の管理上は大事な分類です.
特に看護師さんなどコメディカルの皆さんは知っておいた方がいいですよ.
両心カテーテル
左心カテと右心カテを両方行うことがあり,両心カテーテルといいます.
左心カテは主に虚血性心疾患の検査で,右心カテは主に心不全の検査,と上述したばかりですが,これらが1対1の対応になるばかりではありません.
むしろ,虚血性心疾患が重症であれば心不全になり,心不全の原因検索の第一歩は"虚血性心疾患かどうか"から始まります.
それぞれが原因と結果の関係にあるからこそ,左心カテと右心カテは表裏一体の検査となります.
両心カテーテルの時の検査の順番は,右心カテ→左心カテの順が基本です.
これは,左心カテでは一定量の造影剤が必ず必要であること,に基づきます.
造影剤は容量負荷になるので.心不全のコントロールがついていないときには,検査の中止も考慮します.
故に,右心カテで心不全の程度を評価してから左心カテに進む方が安全でしょう.
おおまかな検査の流れを頭に浮かべられると楽になります.
下図は,参考までに私の施設における両心カテーテル検査の流れです.

※看護師さん向けの勉強会で使用した資料からのpick upなので,看護師さんの仕事に焦点をあてていますが,実際には,ここには載せていない放射線技師さんや臨床工学技士さんなどの協力があって初めて成り立つ検査です.
ココがポイント
➢虚血性心疾患と心不全は原因と結果の関係なので,左心カテと右心カテは完全に独立できるものではない
➢両心カテを行う際は,心不全の評価ができる右心カテを先に行う
まとめ
心臓カテーテルは,冠動脈や心腔内にカテーテルを挿入する検査・治療ですが,虚血性心疾患,不整脈,心不全などを対象に行なわれます.
今回言及していない不整脈に対する心臓カテーテルは,ペースメーカーやアブレーションなど,独特なものになります.機会があれば,別の記事で言及させていただきます.
”左心カテなのか右心カテなのか”,”動脈系なのか静脈系なのか”,を意識するだけで,心カテの目的や,注意すべき合併症とそのリスクが少し見えてきます.
検査と治療の目的と合併症を知ることは,とても大事なことです.
ほとんどの医療行為にリスクはつきものですが,それでも我々医療者は,メリットがリスクを上回ると考えて,その医療行為を行っているという認識は大事だと思います.
☟この記事を読んだ方は,心臓カテーテルの血管アプローチの方法などにも興味ありませんか?興味があればぜひこの記事もご覧ください.
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この記事のために引用した文献・webページなど
・改訂版 確実に身につく心臓カテーテル検査の基本とコツ 中川 義久 (編集)
・ここから始める心臓カテーテル検査 矢島淳二(編集)
・やさしくわかる心臓カテーテル 検査・治療・看護 齋藤 滋 (監修)
・心カテブートキャンプ!webページ
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■スワンガンツカテーテルのイラスト
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