糸球体内圧って聞いたことありますか?
「聞いたことあるけど,それを知ってなにかいいことあるの?」
って感じですかね?
いいこと,あります.
具体的には,この糸球体内圧を理解すると,大きく分けて2つの"いいこと"があると思ってます.
あえて糸球体内圧にフォーカスして解説されることは,滅多にないはず.
血圧や循環の管理で役に立つ内容なので,今回は糸球体内圧について循環器内科医の私が解説します.
糸球体内圧を理解して得する2つのこと
糸球体内圧を理解することで得られる"いいこと"とは,降圧管理のレベルアップと利尿薬管理のレベルアップです.
「糸球体内圧と降圧薬?糸球体内圧と利尿薬?イマイチぴんと来ないな...」
って思いますかね.
大事なことは,糸球体内圧は高くても低くてもダメ,ということ.
糸球体内圧は,高くても低くても腎機能の悪化につながります.
≫意外に知られていない心不全と腎不全の関係【心腎連関】
ひらたく言うと,糸球体内圧が高いときは降圧薬の工夫が必要で,糸球体内圧が低いときは利尿薬の工夫が必要です.
ココがポイント
糸球体内圧を意識することは,降圧管理と利尿管理の際に大事.
糸球体内圧ってなに?
そもそも,ここからですかね.
糸球体内圧ってなに?:尿を"こし出す"力
糸球体内圧とは,腎臓にある糸球体にかかる圧力です.
糸球体は,血液から原尿(尿の素)をこし出す構造です.
糸球体内圧と糸球体濾過量GFR
「糸球体内圧を意識することって,そんなに大事なの?」
なぜ,糸球体内圧が大事か.
みなさんは,患者さんをみるとき,腎機能を気にしますか?
たいてい気にしますよね?
一般的に"腎機能"といったら,糸球体濾過率GFRのことを指すことが多いです.
そのGFRを規定する式は
×糸球体濾過係数
とされます.
つまり,糸球体内圧が上がれば,GFRは上がるんです.
(糸球体内圧が,尿を"こし出す"力と考えたら当然)
"見た目の"腎機能は少なくとも良くなります.
ココがポイント
糸球体内圧は,尿をこし出す力であり,腎機能の指標である糸球体濾過率GFRに強く関与する.
糸球体内圧を決めるもの
糸球体内圧はどのように規定されるのでしょうか.
前述のように,腎機能(GFR)を左右する因子だと思えば,大事な疑問ですよね?
同じ血管でも「糸球体内圧≠血圧」
糸球体は,糸球体の毛細血管から原尿をこし出します.
ゆえに,血圧は糸球体内圧の原動力です.
ただし,血圧と糸球体内圧は同じではありません.
糸球体内圧を決めるもの:腎血流量,輸入細動脈,輸出細動脈
糸球体内圧を規定する因子は3つあります.
- 腎血流量
- 輸入細動脈
- 輸出細動脈
です.
これらの因子はそれぞれ変化しますが,人体は糸球体内圧を一定に保とうと調節します.
そう簡単に糸球体内圧に変化されても,人体は困るんです,
➀腎血流量の調節
まず,糸球体内圧の"おこり"は,「血圧&心拍出量 ⇒ 腎血流量」です.
心拍出量は心機能に起因するため,心筋梗塞などの急性の心疾患を発症しない限りいきなり変化することは稀です.
一方,血圧は,運動や塩分摂取,自立神経の反射などなどで容易に変動します.
しかし,血圧が上がろうが下がろうが,腎血流量を一定に保とうと調節する機能が腎臓にはあります.
具体的には,血圧に応じて血管平滑筋が収縮・拡張して,腎血流量が変化しないように調節してくれています.
ココがポイント
血圧が変動しても腎血流量は(ある程度)一定.
➁輸入細動脈と輸出細動脈の調節
➀のような調節機構はあるものの,血圧の過度な変動,腎動脈狭窄,心拍出量の低下(体液量の低下),などでは腎血流量もさすがに変動(特に低下)してしまいます.
万が一,腎血流量が変動したとき,それでも糸球体内圧は簡単には変動しません.
それは,輸入細動脈と輸出細動脈が糸球体内圧を調節してくれるからです.
- 腎血流量が少ない:糸球体内圧を上げたい
⇒輸入細動脈は拡張,輸出細動脈は収縮 - 腎血流量が多い:糸球体内圧を下げたい
⇒輸入細動脈は収縮,輸出細動脈は拡張
ココがポイント
腎血流量が変動しても糸球体内圧は(ある程度)一定.
糸球体内圧を意識した管理とは:高すぎず低すぎずが大事
前述してきたように,糸球体内圧は,いろいろな手段で一定を保つように調節されているんですが,そんな糸球体内圧が万が一変動したら,嫌なことが起きそうじゃないですか?
実際,起きます.
大事なことは,低すぎても高すぎてもダメ,ということ
糸球体内圧の低下が腎機能悪化につながることはイメージしやすいのではないでしょうか?
よくある「利尿薬を使いすぎて腎機能(GFR)が悪くなった」というのは,腎血流が低下し,糸球体内圧が低下することが一因です.
これだけ考えると,「糸球体内圧が高い分には問題ないのかな?大は小をかねるんじゃない?」と頭をよぎりますが,そんなこともありません.
糸球体内圧は高すぎない方がいい
糸球体内圧が高いと,糸球体は硬くなります.(血管にとっての動脈硬化と同じ)
糸球体硬化は糸球体機能を低下させ,さらなる糸球体内圧の上昇を引き起こします.(負のループ1)
また,糸球体内圧が高いと,尿にタンパクが漏れます.
原尿に漏れたタンパクは,尿細管間質障害を起こします.
尿細管障害は糸球体障害にもつながり,糸球体内圧をさらに上昇させます.(負のループ2)
- 糸球体内圧⇧ ⇒糸球体硬化 ⇒糸球体障害 ⇒糸球体内圧さらに⇧...
- 糸球体内圧⇧ ⇒蛋白尿 ⇒尿細管間質障害 ⇒糸球体障害 ⇒糸球体内圧さらに⇧...
糸球体内圧は低すぎない方がいい
では次に,糸球体内圧が低いとどうなるかですが,先ほど言及したとり,糸球体内圧が低下すると,糸球体濾過量GFRが低下します.
GFRが低下すると,尿が減り,尿細管間質障害を起こします.
さらに,尿細管間質障害は糸球体障害につながり,さらなるGFRの低下が起きます.
- 糸球体内圧⇩ ⇒GFR⇩ ⇒乏尿,尿細管間質障害 ⇒糸球体障害 ⇒GFRさらに⇩...
ココがポイント
糸球体内圧が万が一変動してしまった場合,高すぎず低すぎずに調整することで,腎臓を守れる.
糸球体内圧を下げる方法:降圧管理の工夫
糸球体内圧を下げたいとき,どうしますか?
基本的に,これは降圧管理の話になります.
つまり,より腎臓に愛護的な降圧管理をするために,糸球体内圧を意識することが大事なんです.
➀腎血流を低下させる方法:本末転倒
糸球体内圧を下げる方法として,腎血流量を減らす方法があります.
しかし,腎血流量の低下は乏尿の原因となりえます.
乏尿になると腎機能が悪くなってしまうので,本末転倒です.
具体的には,利尿薬やβ遮断薬などが腎血流を低下させることで,糸球体内圧を低下させる可能性がありますが,腎臓に愛護的とはいえず,実際に腎保護のエビデンスもありません.
加えて,β2遮断作用や代償的α作用の亢進が腎血管抵抗を上昇させます.
これらのことにより腎血流を低下させるリスクがあります.
しかし,この現象を気にして,CKD症例でβ遮断薬(特にカルベジロールやビソプロロール)を敬遠する必要はありません.
≫慢性腎臓病症例に対するβ遮断薬【何に気をつける?なぜ気をつける?】
➁輸出細動脈を拡張させる方法:本命
では,腎血流を低下せずに糸球体内圧を下げることが,腎保護として理にかなってますよね?(下げすぎはダメですけど)
これを達成できる薬剤が,RAS阻害薬,すなわち,ACE阻害薬/ARBです.
腎血流量の変化を介さずに糸球体内圧を下げるためには,輸出細動脈を拡張させればいいんです.
輸出細動脈は,アンジオテンシンⅡの感受性が高いことが知られています.
そのため,アンジオテンシンⅡの作用を抑制するACE阻害薬/ARBを使用すると,(輸入細動脈に比して)相対的に輸出細動脈は拡張します.
他の血管拡張作用のある薬剤(CCBなど)では,輸入細動脈が輸出細動脈と同等以上に拡張してしまうため,糸球体内圧の低下にはつながらないんです.
ACE阻害薬/ARBは,血圧降下薬であるとともに,(ほぼ唯一の)糸球体内圧降下薬なんです.
ココがポイント
腎保護的に糸球体内圧を狙って下げられる唯一の薬剤が,ACE阻害薬/ARBのようなRAS阻害薬.
≫参考記事:腎不全と高血圧の関係【薬の選択など,治療のポイントは?】
輸入細動脈と輸出細動脈の調節を深掘る
「本当にRAS阻害薬以外で糸球体内圧を下げる良い方法はないの?」
現状,腎保護のエビデンスを伴って糸球体内圧を下げる薬剤はRAS阻害薬だけです.
ただし,SGLT2阻害薬とT型N型Ca拮抗薬(CCB)は,糸球体内圧を下げて腎保護をしている可能性があります.
この話をしていく上で,輸出細動脈の調節に関して,もう少し詳しく説明していきます.
輸出入細動脈を変化させる因子
さっき話題にしたアンジオテンシンⅡ以外にも,輸入細動脈と輸出細動脈を拡張・収縮させる因子はいろいろあります.
まずこれ,覚えなくていいです.
あとで薬の説明をしますが,それらの薬の効果を覚えることで勝手に定着します.
実際に私がそうでした.
一応,ひと通りの説明を書きますが,サラッと読み飛ばしていいです.
心房性Naペプチド(ANP)やプロスタグランジン,一酸化窒素(NO)など
これらは輸出細動脈も拡張させるが,輸入細動脈の拡張作用の方が強いため,相対的には輸入細動脈を拡張させる(=糸球体内圧を上昇させる.)
➤輸入細動脈と輸出細動脈を収縮させる因子
交感神経刺激,Caチャネル刺激,アンジオテンシンⅡなど
アンジオテンシンⅡは上述した通り,輸出細動脈への作用が強いため,相対的には輸出細動脈を収縮させる(=糸球体内圧上昇.)
交感神経刺激やCaチャネル刺激は,輸入細動脈と輸出細動脈をともに収縮させますが,基本的に作用は同等もしくは輸入細動脈への作用が強いため,糸球体内圧は低下.
輸入細動脈の調節機構:尿細管糸球体フィードバック
輸入細動脈と輸出細動脈を調節する機構として,尿細管糸球体フィードバックがあります.
これは,その名の通り,「尿細管から糸球体への働きかけ」です.
緻密斑マクラデンサ:尿細管糸球体フィードバックの主役
尿細管糸球体フィードバックの主役は緻密斑マクラデンサです.
マクラデンサは,遠位尿細管に存在し,輸出入細動脈の近くで"スタンバイ"してます.
マクラデンの仕事は,糸球体のろ過量が一定になるように調節することです.
よって,原尿量が大幅に変化すると,尿細管は処理がしきれないんです.
マクラデンサの目:尿中NaCl濃度を見る
マクラデンサは,遠位尿細管を通る尿中のNaCl濃度(Cl-濃度)をチェックします.
➤尿中NaCl濃度が高い
⇒尿量(糸球体ろ過量)はしっかりある!
⇒腎血流は保たれている(はず)!糸球体内圧は上げる必要がないな...
➤尿中NaCl濃度が低い
⇒尿量(糸球体ろ過量)が少ない?
⇒腎血流が少ないのかも!糸球体内圧を上げてやるか!
マクラデンサはこのように考えます.
なぜ,尿中NaCl濃度がろ過量(原尿量)の指標となるのか
すると,近位尿細管~ヘンレのループにおいてNaClの再吸収される量が増えます(じっくり調理されるイメージ).
結果的に,尿中NaCl濃度は低下します.
ゆえに,マクラデンサは,尿中NaCl濃度の低下を「糸球体ろ過量の減少」ととらえます.
逆もまた然り(しかり)で,尿中NaCl濃度の上昇は「糸球体ろ過量の増加」と考えます.
マクラデンサの手:輸入細動脈収縮拡張+レニン分泌
マクラデンサが糸球体へ働きかける"手段"は,輸入細動脈の収縮拡張とレニン分泌の調節です.
- 尿中NaCl濃度低下
輸入細動脈拡張 + レニン分泌亢進(アンジオテンシンⅡ⇧⇒輸出細動脈収縮など)
⇒糸球体内圧を上昇 - 尿中NaCl濃度上昇
輸入細動脈収縮 + レニン分泌低下(アンジオテンシンⅡ⇩⇒輸出細動脈拡張など)
⇒腎血流量・糸球体内圧低下
つまり,マクラデンサは,尿中のNaCl濃度をみて,輸入細動脈とレニン分泌を手段に糸球体内圧を操り,糸球体ろ過量を一定に保っている,ということです.
ココがポイント
➤尿細管糸球体フィードバックの主役はマクラデンサ
➤マクラデンサは遠位尿細管を通る尿中のNaCl濃度をチェック
⇒「尿中NaCl濃度が低い=糸球体ろ過量が少ない」「尿中NaCl濃度が高い=糸球体ろ過量は保たれている」と判断
➤尿中NaCl濃度低下
輸入細動脈拡張 + レニン分泌亢進(アンジオテンシンⅡ⇧⇒輸出細動脈収縮など)
⇒糸球体内圧を上昇
➤尿中NaCl濃度上昇
輸入細動脈収縮 + レニン分泌低下(アンジオテンシンⅡ⇩⇒輸出細動脈拡張など)
⇒腎血流量・糸球体内圧低下
これが,尿細管糸球体フィードバック
薬剤が輸入細動脈と輸出細動脈へ与える影響
実際に臨床で重要なのは,薬剤がどのように輸出入細動脈に影響を与えるかです.
直接的に輸出入細動脈に作用する薬剤
輸出入細動脈を変化させる因子は,さまざまな薬剤で変化します.
ACE阻害薬/ARB
前述した通り,ACE阻害薬/ARBは,アンジオテンシンⅡの作用を抑えます.
それにより相対的な輸出細動脈の拡張を起こし,糸球体内圧を低下させます.
Ca拮抗薬CCB
降圧薬として多く用いられるのは,アムロジピンやニフェジピンなどのL型CCBです.
L型CCBは,血圧をよく下げますが,輸入細動脈を拡張させるので,糸球体内圧は下がりません.
アゼルニジピン,ベニジピン,シルジニピンなどのN型ないしT型CCBは,輸出細動脈の拡張作用も有します.
この点から,RAS阻害薬のように糸球体内圧を下げて腎臓を保護することが"期待されて"います.
しかし,エビデンスは限定的です.
実際,高血圧治療ガイドラインなどでも特別な推奨は獲得できていません.
β遮断薬
交感神経刺激を抑えることで,輸入細動脈も輸出細動脈も拡張します.
RAS阻害薬のように輸出細動脈の拡張が強いわけではないので,糸球体内圧は下がりません.
また,体血圧低下や(上述したように)心拍出量の低下+腎血管抵抗上昇のによる腎血流量の低下から,糸球体内圧は低下する可能性がありますが,腎血流量を下げてしまっているため腎保護的とはいえません.
カルペリチド
ANP作用が輸入細動脈を相対的に拡張させます.
すると,糸球体内圧は上昇します.
しかし,利尿作用と血管拡張作用で血圧や腎血流量も下がるため,それらと相殺されます.
NSAIDs
降圧にも利尿にも関係ない薬剤ですが,プロスタグランジンを抑制する薬剤です.
結果として,輸入細動脈の相対的収縮を起こしますので,糸球体内圧が低下します.
この糸球体内圧低下は,ACE阻害薬/ARBと異なり,腎血流量の低下を伴うので,腎臓にとってはむしろ悪影響となる作用です.
NSAIDsが「腎臓に悪い」といわれる理由の1つです.
(それ以外にネフローゼ症候群のリスクなども有ります)
尿細管糸球体フィードバックに影響する薬剤
次に,輸出入細動脈に直接は影響しないのに.糸球体内圧に影響を与える薬剤について解説します.
ポイントは,先ほど説明した尿細管糸球体フィードバックです.
マクラデンサをだます病気:糖尿病
糖尿病では,SGLT受容体の発現が増えていることが知られています.
これは,尿糖を回収(再吸収)するための代償なのですが,一緒にNa+も再吸収されてしまいます.
すると,遠位尿細管に至るNaCl濃度は低下.
マクラデンサは,「糸球体ろ過量が減ったのでは?」と勘違いし,輸入細動脈拡張+レニン分泌亢進で糸球体内圧は上昇します.
実際には,糸球体ろ過量が足りていても,です.
これが,不必要な糸球体内圧の上昇となり,糸球体高血圧と言われる状態です.
糖尿病性腎臓病の際,蛋白尿は高頻度でみられますが,糸球体基底膜の障害以外にもこのような機序(糸球体過剰濾過)があります.
ココがポイント
糖尿病では,マクラデンサが「糸球体ろ過量が減った」と勘違い.
⇒糸球体内圧が無駄に高い(糸球体過剰ろ過).
SGLT2阻害薬
SGLT2阻害薬は,この糸球体過剰ろ過を解除します.
SGLT受容体は,SGLT2だけでなくSGLT1もあるので,完全に解除するわけではないですけどね.
ココがポイント
SGLT2阻害薬は,糖尿病症例における糸球体過剰ろ過(尿細管糸球体フィードバックの異常)を改善させる(糸球体内圧を低下させる).
マクラデンサを邪魔する薬:ループ利尿薬
次に,"だます"とかではなく,尿細管糸球体フィードバックをあからさまに"邪魔する"薬剤を紹介します.
みなさんご存知のループ利尿薬です.
本来であれば,ナトリウム利尿薬は,遠位尿細管尿中のNaCl濃度を上昇させてしまいます.
一方で,ループ利尿薬も,ヘンレのループのNa-K-Cl共輸送体(NKCC2)を阻害し,NaClの再吸収を抑制.
結果的に,遠位尿細管の尿中NaCl濃度は上昇します.
しかし,ループ利尿薬はマクラデンサのNKCC2も抑制するんです.
それにより,本来であれば「ナトリウム利尿薬の効果で,尿細管糸球体フィードバックが起こり輸入細動脈が収縮してGFRが低下する」という現象が起こるはずなんですが,ループ利尿薬では尿細管糸球体フィードバックによるGFRの低下が起こりにくいんです.
ナトリウム利尿薬としては珍しく腎血流量(ないしGFR)を下げにくい薬剤です.
ココがポイント
ループ利尿薬は,尿細管糸球体フィードバックを阻害して,GFRが低下しにくい.
⇒安定した利尿効果.
糸球体内圧を上げる(保つ)方法:利尿管理の工夫
この記事の目的は,糸球体内圧を意識した管理の解説でした.
糸球体内圧を下げる降圧管理の話は前述しました.
今度は,糸球体内圧を上げる管理.
というか,糸球体内圧を保つ利尿薬管理の話です.
基本的に利尿薬はGFRを低下させるもの
まず,前提として,利尿薬とはどんな薬か.
利尿薬とは,ナトリウムなどの物質が尿細管から再吸収されるのを抑制する薬です.
ナトリウムは浸透圧物質であるため,尿中のナトリウムを増やすことで,尿量を増やすわけです.
≫参考:利尿薬とは何か【間違ったイメージは事故のもと】
利尿薬による体液量の減少は,心拍出量を低下させ,腎血流量を減らします.
通常,腎血流量が低下すると,糸球体ろ過量も低下するので,尿細管糸球体フィードバックが働き,糸球体内圧を保とうとします.
しかし,利尿薬を使用している場合,尿細管内のNaCl濃度が保たれているので,尿細管糸球体フィードバックは糸球体内圧を下げようと働いてしまいます.
この糸球体内圧の低下が,利尿薬使用時の利尿薬抵抗性や,腎機能悪化の原因となります.
ココがポイント
通常,利尿薬を使用すると,体液量減少+尿細管糸球体フィードバックなどの影響で,糸球体内圧は低下する.
これが,利尿薬使用時の腎機能悪化や,利尿薬抵抗性の原因となる.
例外となる利尿薬を覚える
利尿薬の例外としてGFRを下げにくい利尿薬があります.
ループ利尿薬
先ほども言及しましたが,ループ利尿薬はマクラデンサを邪魔します.
よって,(他のナトリウム利尿薬で起こる)尿細管糸球体フィードバックが起こりづらく,腎血流が保たれやすい(糸球体内圧が下がりにくい)利尿薬です.
≫参考:【The利尿薬】ループ利尿薬【特徴から種類や使い分けも解説】
カルペリチド
先ほども出てきましたが,再登場です.
ナトリウム利尿ペプチドは,その名の通りナトリウム利尿作用があるんですが,その他,輸入細動脈を拡張させる作用があります.
そのため,他の利尿薬に比して糸球体内圧を下げにくい利尿薬です.
≫参考:【代償機構のブレーキ】カルペリチド(ハンプ®)について
トルバプタン
トルバプタンは,水利尿薬です.
水利尿薬では,血中のナトリウム濃度が上昇することで,3rd spaceの水を血管内に引き込むこととなります.
すると,血管内のボリュームを下げづらく,腎血流が下がりにくい利尿薬とされます.
薬理作用的にも,ナトリウムの再吸収を抑制するわけではないので,尿細管糸球体フィードバックも賦活されません.
≫参考:トルバプタンについて【作用機序,推奨,実用性を考えた適応など】
強心薬(利尿薬じゃないです)
すいません,ついでに強心薬を紹介します.
当然,利尿薬ではありませんよ.
しかし,糸球体内圧の低下があると考えたとき,たいていの原因は腎血流の低下です.
ゆえに,心拍出量を増やす強心薬は,利尿管理時に糸球体内圧低下を疑った場合,有効な選択肢の1つになります.
ココがポイント
➤ループ利尿薬は,尿細管糸球体フィードバックを阻害することで,糸球体内圧が低下しにくい.
➤カルペリチドは,輸入細動脈を拡張させるため,腎血流が保たれやすい.
➤トルバプタンは,血管内ボリュームを保つことで,腎血流が保たれやすい.
➤強心薬は,心拍出量を増やし,腎血流量を増やしうる.
糸球体内圧なんて調べる方法なくね?:上昇と低下のサインに注目
「糸球体内圧を意識するといっても,糸球体内圧なんて測ったことないけど?」
私もありません.
糸球体内圧を直接調べる方法はありますが,実臨床では不可能です.
代わりに,糸球体内圧と上昇と低下を教えてくれるサインがあります.
「蛋白尿陽性」は糸球体内圧上昇のサイン
正常であれば,尿に蛋白は漏れません.
しかし,➀糸球体内圧上昇,➁炎症,➂糸球体上皮細胞の障害,などがあると,尿に蛋白が漏れます.
腎炎やネフローゼ症候群のような病態では,➁➂の要素が強いので,蛋白尿だけで病態を特定はできませんが,目安にはなります.
また,円柱を確認すること,明らかな腎炎らしさやネフローゼ症候群らしさは除外しておけます.
:各種腎炎やIgA腎症など.糸球体内圧だけでは説明しがたい.
➤顆粒円柱,脂肪円柱(卵円型脂肪体),蝋様円柱
:腎炎の他,ネフローゼ症候群や糖尿病性腎症など.糸球体内圧だけではやや説明しがたい.
➤硝子円柱
:高血圧や脱水含めなんでも出る.疾患特異性は全然ない.
➤上皮円柱
:腎炎や尿細管障害で出るのが代表例.ただし,硝子円柱ほどではないにせよ,疾患特異性はほぼない.
硝子円柱は糸球体内圧の上昇でも全然あります.
それ以外の円柱があったときは,腎炎やネフローゼ症候群を疑うべきです.
とくに,赤血球円柱・白血球円柱・顆粒円柱・脂肪円柱・蝋様円柱は,たいてい糸球体内圧がどうとかいう問題ではありません.
ココがポイント
➤蛋白尿陽性は糸球体内圧上昇のサイン.
➤鑑別として,腎炎やネフローゼ症候群
⇒円柱などを確認
:硝子円柱以外の円柱があった場合は,腎炎やネフローゼ症候群の可能性の疑いを強める.
➤蛋白尿陽性で糸球体内圧上昇を疑った場合,RAS阻害薬(ACE阻害薬/ARB)の使用は強く推奨される.また,糖尿病であればSGLT2阻害薬も糸球体内圧を低下させる可能性がある.
➤T型/N型のCCBにもRAS阻害薬のような効果は期待できるが,エビデンスは限定的である.
≫参考:尿蛋白・尿潜血をみたときの対応
「腎機能悪化」「利尿薬反応性の低下」は糸球体内圧低下のサイン
一方で,糸球体内圧の低下はどのように察知するか.
察知するというほどでもないんですが,腎機能悪化したときや利尿薬の反応性が悪いときは,糸球体内圧の低下を原因に考えます.
くり返しにはなりますが,腎機能として普段みている指標はGFRであり,GFRは「(糸球体内圧-ボウマン嚢静水圧-糸球体膠質浸透圧)×糸球体濾過係数」で規定されるからです.
また,利尿薬とは一般的に「尿細管での再吸収を抑制する薬」です.
ゆえに,原尿(糸球体ろ過量)が保てていればある程度反応するものです.
言いかえれば,利尿薬が全然効かない原因として,しばしば原尿の不足があります.
腎血流の低下などに起因した糸球体内圧の低下が背景にあることが多いわけです.
➤腎機能悪化や利尿薬抵抗性をみたら,糸球体内圧低下の可能性を考える.
➤そのような症例に利尿をかけたいとき,ループ利尿薬(の増量),カルペリチド,トルバプタン,強心薬は有効な手段となりうる.
≫参考:利尿薬抵抗性の原因と対策➀:原因編
≫参考:利尿薬抵抗性の原因と対策➁:対策編
まとめ
糸球体内圧を意識することは,降圧管理と利尿管理の際に大事になります.
糸球体内圧は,尿をこし出す力であり,腎機能の指標である糸球体濾過率GFRに関与します.
×糸球体濾過係数
糸球体内圧は,腎血流量,輸入細動脈,輸出細動脈で規定されますが,人体はどうにかして,糸球体内圧を一定に保とうとします.
糸球体内圧が変動してしまった場合,高すぎず低すぎずに調整するように管理することで,腎臓を守ることができます.
蛋白尿陽性で糸球体内圧上昇を疑った場合,腎保護的に糸球体内圧を下げることができるRAS阻害薬(ACE阻害薬/ARB)の使用が強く推奨されます.
また,糖尿病であれば,SGLT2阻害薬も糸球体内圧を低下させる可能性があります.
糸球体内圧の低下が疑われる症例に利尿をかけたいとき,ループ利尿薬(の増量),カルペリチド,トルバプタン,強心薬は有効な手段となりえます.
こんな風に考えています.
かなりボリューミーな内容になってしまいましたが,臨床に生かせる糸球体内圧の考え方は,ほとんど網羅できたと思います.
みなさんが,この記事をくり返し読むことで,レベルアップした降圧管理や利尿管理ができるようになることを願います.