「なんも症状ないんだから,(血糖が高くても)平気平気.」
糖尿病の患者さんは,しばしばこのようなことをおっしゃいます.
たしかに,糖尿病は無症状です.
しかし,我々医療者は,高血糖を放ってはおきません.
それはなぜでしょうか?
いえ,厳しいようですが,それだけの理解では不十分です.
糖尿病患者さんは,世界的にもどんどん増えてきています.
たとえ専門じゃなくても,糖尿病は,医療者であれば誰しもがよく関わる疾患なので,知っておかないと!
糖尿病治療のエビデンスは3大合併症だけでは語らない
糖尿病の合併症として,3大合併症(腎,眼,神経)は有名ですね.
3大合併症とは,細小血管合併症です.
この細小血管合併症は,厳格な血糖管理をすることで減らせることがエビデンスベースでわかっています.
でも,知っていましたか?
大血管合併症(特に心血管合併症)や,全死亡は,血糖を厳格にコントロールしても,減るとは限らないんです.
なぜなら,寿命を左右するのは,細小血管合併症より大血管合併症(心血管合併症)だからです.
ココがポイント
糖尿病治療によって
➤絶対に減るのは細小血管合併症
➤大血管障害や全死亡は減るとは限らない
なぜ,このような見解となったのか.
その経緯を解説していきます.
糖尿病治療のエビデンスの始まり:UKPDS
糖尿病治療のエビデンスの歴史を解説していきます.
・スルホニル尿素薬(SU薬)とインスリンを中心とした強化療法群と,食事療法を中心とした従来治療群に割りつけ比較.
[対象]
新規発症の2型糖尿病患者
[結果]
強化療法群で,細小血管障害が25%抑制.
心血管合併症,脳血管障害,全死亡では有意差つかず.
今では当たり前になっている2型糖尿病治療ですが,UKPDSが計画された当時(1977年),2型糖尿病において厳格な血糖コントロールが合併症を抑制するかどうかはわかっていませんでした.
2型糖尿病治療のエビデンスは,このUKPDSから始まっています.
すなわち,広く知られている3大合併症予防効果ですね.
ただ,このstudyでは大血管合併症の予防効果を有意に示すことはできませんでした.
時間をかければ大血管合併症だって減らせる!?:レガシーエフェクト(遺産効果)
しかし,その後に報告されたUKPDS80が吉報となります.
・UKPDSの試験終了時点では明らかな差がみられなかった心血管合併症,全死亡について,試験終了10年後の長期フォローの結果になって,有意な抑制を効果を示した.
つまり
total20年が経過した時点でようやく現われてくる
ということであり,時間さえかければ大血管合併症や全死亡も抑制できることがわかりました.
この効果を,レガシーエフェクト(遺産効果)もしくはメタボリックメモリー(代謝上の記憶)と呼びます.
そりゃ,全死亡を抑制できるともなれば,治療のモチベーションは上がりますよね.
事件発生➀:パラダイムシフト「血糖は低ければいいというものではない」
しかし,2008年に報告されたACCORD試験において,事件が起きます.
多剤併用強化療法群(平均HbA1c 6.4%)が,従来治療法群(平均HbA1c 7.5%)に比して,心血管イベントを抑制できなかったばかりか,死亡が増加するという,とんでもない結果になったんです.
同時期に報告されたADVANCE試験やVADT試験の結果も,(死亡は増えませんでしたが)大血管合併症の抑制効果は確認できませんでした.
直接的な因果関係は不明ですが,強化療法によって重篤な低血糖が増加することが,大血管合併症の抑制効果を相殺したのではないか,と考えられています.
≫「低血糖は,本当に心血管リスクを上げるのか?」を解説した記事はこちら.
事件発生➁:レガシーエフェクトは幻?
先ほども言及したVADT試験の長期フォローの結果,10年フォロー時点で認めていたレガシーエフェクト(大血管合併症抑制効果)が,15年時点で認められなくなったことが発表されました.
低血糖がどうとか,いいわけも効かない結果でした.
さらにACCORD試験やADVANCE試験の長期フォローアップでも,同様にレガシーエフェクトは確認されなかったのです.
幻だったんでしょうか...
考察:負の遺産とトータルマネジメントの重要性
レガシーエフェクトが確認されたUKPDSと,レガシーエフェクトが確認されなかったVADT,ACCORD,ADVANCEの違いは大きく分けて2点あり,それがレガシーエフェクトの有無にかかわったのでは,と考えられています.
仮説➀:負の遺産説
UKPDSの対象症例が糖尿病発症早期であったのに対し,VADT,ACCORD,ADVANCEでは糖尿病長期罹病者でした.
つまり,治療介入するのが遅過ぎた可能性がありました.
ただ,これだけ聞くと,「治療開始が遅れた場合,糖尿病は治療しなくてもいいのか?」となってしまいますが,VADTでも10年後まではレガシーエフェクトがあったわけであり,この結果だけを鵜呑みにして匙を投げることはしない方がいいです.
仮説➁:トータルマネジメントが良くなった説
UKPDSが行われた当時.血圧,脂質に対する管理が極めて甘かったため,心血管イベントなどの発症が今より多く,血糖治療への介入効果がはっきりと出やすかったようです.
逆に言うと,VADT時代には,RAS阻害薬やスタチンによる,高血圧・脂質異常症治療がしっかりなされるようになってきたため,そもそも心血管イベントが起きにくくなっており,血糖治療への介入効果が(実際にはあっても)わかりづらくなった可能性がありました.
その根拠として,Steno-2やJ-DOIT3が示した“糖尿病治療における集学的・包括的な治療介入”の必要性があります.
≫「糖尿病治療は,集学的・包括的な治療介入が重要」
まとめ
血糖管理の意義とは
➤細小血管合併症が減ることは間違いなし.
➤全死亡や大血管合併症に関しては効果不明.
➤糖尿病発症早期の介入で,10‐20年後の大血管合併症や全死亡も抑制できる可能性がある(レガシーエフェクト).
➤高血圧,脂質異常症,メタボリックシンドロームなどを併せてしっかり治療していると,大血管合併症や全死亡も抑制できる可能性がある.
ということで,死亡に関わる大血管合併症を抑制するために
を意識していきましょう.
また,このような"むずかゆい"糖尿病治療の歴史のなかで,
(目標血糖うんぬんではなく)薬剤選択として大血管合併症や全死亡を防ぐ可能性があるとされているのが
- メトホルミン
- SGLT2阻害薬
- GLP-1アナログ
です.
今回の記事の内容は「血糖管理が予後に与える影響」を論じてきました.
しかし,これらの薬剤選択が,「血糖値」の枠組みを越えた糖尿病治療なのかな,と考えています.
薬剤選択においては,メトホルミンを中心に考え,心血管疾患のリスクや既往に応じて,SGLT2阻害薬,GLP1アナログも検討.
さらに,血糖降下薬の選択に際しては,インスリンやSU薬のような低血糖リスクの高いものは避けるようにする.
これが,エビデンスをもとに自分が日々心掛けている糖尿病治療のスタンスです.
≫糖尿病治療薬の一覧を,俯瞰でザックリ見渡すためにはこの記事.
≫【圧倒的エビデンスの糖尿病薬】ビグアナイド(メトホルミン)について【乳酸アシドーシスは気にされすぎ?】
≫【循環器視点】SGLT2阻害薬がおすすめな症例とは【心不全と相性がよい?】