酸塩基平衡異常は代謝性変化と呼吸性変化に大別されます.
呼吸性変化は,primary surveyの側面が強く,対応の速度も求められます.
一方で,代謝性変化は,緊急の側面こそ弱まるものの,解釈が難しく,鑑別も複雑です.
他の記事で,酸塩基平衡異常をまずは分類するところまで説明しています. ※2021/3/31内容改訂 血液ガス分析は,ガス交換や酸塩基平衡の指標です. そこから得られる病態の情報は,(とくに集中治療・救急治療領域において)非常に有用です. でも,なんとなく「難しそうで,と ... 続きを見る
血液ガス分析の見方・読み方【誰でもわかる3STEP】
今回は,代謝性アシドーシスの原因アプローチをまとめたいと思います.
(多くの方がご存知であろう,HCO3-を用いた古典的アプローチを解説します.Stewartアプローチに関しては別の機会に.)
アニオンギャップとは
AGを計算することで,血ガスを少し深く解釈できたようになった気分になります.
そもそもAGとはなんなのか.百聞は一見に如かず.まずは図を見ながら考えましょう.
大前提として,細胞外液中の陽イオンと陰イオンは等量に存在する,ということが重要です.覚えていてください.
この大前提がなければ,ギャップも何もありません.
陽イオン代表としてNa+
その他の陽イオンother cation
陰イオン代表としてCl-,HCO3-
その他の陰イオンother anion
AGは,主要な血漿陽イオンであるNa+の濃度と、主要な血漿陰イオンであるCl-と HCO3-の総濃度の差と定義されます.
※基準値:12±2
余談ですが,AGの計算式はもう1つあり,陽イオンとしてK+を含むものです.
このAGが,臨床的にどのような意義を持つのか.
最も有用な場面は,代謝性アシドーシスの鑑別です.
ココがポイント
AGを測定する目的
- Cl-が増えたのか
- その他の陰イオン(other anion)が増えたのか
代謝性アシドーシスでは,HCO3-が減少していますね.
すると,陰イオンの総和は陽イオンの総和と等しいままでなければならないので,HCO3-が低下した代わりに,何か他の陰イオンが増加していなければバランスが取れません.
その時に,主に増加するのが陰イオンの王様Cl-です.(上図の右)
一方で,代謝性アシドーシスで,Cl-以外のother anionが増加する時にAGは上昇します.(上図の真ん中)
まとめると
- AG正常型とは,Cl-増加による代謝性アシドーシス
- AG上昇型とは,other anion増加による代謝性アシドーシス
例えば,乳酸はother anionであり,代謝性アシドーシスの主な原因物質です.乳酸アシドーシスは,AG上昇型代謝性アシドーシスの代表です.
以上のように,AGを計算することで代謝性アシドーシスを2つに大別するわけです.
AG上昇型代謝性アシドーシスの原因
AG上昇型の代謝性アシドーシスは,薬剤や毒素などが体内に溜まる病気がほとんどです.
その原因には以下のようなものがあります.
この表は覚え方の一例です.
他にも“KUSMALE-P”や“MUD PILES”というものもありますが,近年では稀になったパラアルデヒド中毒などを除き,注目されているアセトアミノフェン中毒(5-oxoproline)などを加えたのが,この“GOLD MARRK”です.
中毒は,病歴によってほぼ診断が決まるので,AG上昇型代謝性アシドーシスの急患を診たら,中毒の可能性を念頭に置いて問診をしましょう.
特別な病歴がない場合,留意すべきAG上昇型代謝性アシドーシスは,
・乳酸アシドーシス
・ケトアシドーシス
・腎不全
の3つです.
特に,乳酸アシドーシスはAG上昇型代謝性アシドーシスの大半を占めます.
高Cl型代謝性アシドーシスの原因
いわゆるAG正常型代謝性アシドーシスのこと.
鑑別の覚え方の一例として“USED CARS(中古車)”などがあります.
ザックリと評価する
実際には,大抵ザックリとした評価で原因は見えてきます.
①まず下痢,輸液過剰(生食負荷など)はないか?
頻度も多く,対応も簡単.
②被疑薬や尿管腸吻合はないか?
抗生剤,NSAIDs,リチウム,一部の利尿剤などは薬剤性の尿細管アシドーシスを起こします.
③副甲状腺機能亢進症や慢性副腎不全(アジソン病)を頭の片隅に
頻度は高くないですが,気づかなければ改善することはないでしょう.他の症候・徴候と合わせて考えます.
④全てなければ,ほぼ(非薬剤性の)尿細管アシドーシス
頻度は多いですが,種類も色々あります(詳細は別の記事で).
要は,腎臓のせいか,腎臓以外のせいか,といったところです.
頻度の多い下痢や輸液過剰を除けば,たいてい高Cl性代謝性アシドーシスは腎臓(尿細管)の病気なんです.(薬剤性も含む)
※糸球体障害の強い腎不全はAG上昇型の代謝性アシドーシスにもなるので注意.
代謝性アシドーシス→AG計算:上昇か正常か→鑑別疾患を吟味
というのが,真の古典的なアプローチです.
しかし,これだけの評価では,重症患者などで型にはまらない症例が多く出てきました.
その主な原因がアルブミンの影響です.
アルブミンと酸塩基平衡
重症患者では低アルブミン血症が高頻度に認められます.
それが酸塩基平衡にどのように影響するのか.
(“補正AG”に関しての説明は後述しています)
そもそも,アルブミンは陰イオンであり,other anionに含まれます.
低アルブミン血症の時,HCO3-は増加し,代謝性アルカローシスとなります.
AGを計算すれば低下を認めます.
低アルブミン血症はAG低下の主な原因の一つです.
これだけ見ると,「低アルブミン血症=代謝性アルカローシス」と1対1対応させれば,酸塩基平衡の解釈としてはおしまいです.
しかし,実際には何が問題となるのか.
前述したように,HCO3-の低下している代謝性アシドーシス症例のAGを計算したとします.
“AGが増加していなければCl-の増加と考える”という話でしたね.
この症例で低アルブミンを呈していた場合どうなるでしょう.
前述した“Alb減少がAG低下の原因になる”ということを念頭に下の図を見てみましょう.
例えば,実際には不揮発酸の増加(Added anion)が病態のAG上昇型代謝性アシドーシスであっても,
Alb補正なしだと,AGがあたかも上昇してないように誤認してしまうことが生じるのです.(Cl-の増加と勘違いする.)
このため,低アルブミン血症の代謝性アシドーシス症例を,補正無しのAGで鑑別すると診断を間違うことになります.
ここで考案されたのが以下の補正式.
※基準値:12±2(通常のAGと同じ)
Albの正常値を4.0ではなく4.4としたり,係数を2.5ではなく2.8とする場合などがあります.
ここでは覚えやすさ・計算しやすさを重視して“4.0”と”2.5”を採用.
1g/dlのAlb減少が2.5~2.8mEq/Lのbase excessの変化となる,という意味です.
この補正AGなら,低アルブミン症例の代謝性アシドーシスの鑑別が正確に行えます.
- Albは陰イオンで,Alb低下で代謝性アルカローシスになる
- 代謝性アシドーシス症例で低Albがある場合,鑑別には補正AGを用いる.
AG上昇時は合併病態もcheck
ここまでの内容で,代謝性アシドーシスの分類はおしまいです.
次の段階では,鑑別疾患を吟味していく運びになると思います.
しかし,実際の臨床では,複数の病態が合併していることもしばしばあります.
AG上昇型の代謝性アシドーシスに分類されたとき,
AGの変化(⊿AG)とHCO3-の変化(⊿HCO3-)を比較することで,合併している病態を推測できます.
⊿HCO3-=⊿AGのとき
純粋にAG上昇型の代謝性アシドーシスのみで酸塩基平衡異常が生じていると判断します.
“AG上昇型代謝性アシドーシスが複数合併している”という可能性はあります.
例えば,
高度の循環不全で乳酸アシドーシスと急性腎障害を併発
などです.
⊿HCO3-<⊿AGのとき
言うなれば,「AG増えてる割に,HCO3-はあんまり下がってないね」という状態.
代謝性アルカローシスが合併し,HCO3-の変化を緩めている可能性があります.
例えば,
尿毒症患者が嘔吐を繰り返している
なんて状況.
⊿HCO3->⊿AGのとき
こちらは,「AGの増え方の割に,ずいぶんHCO3-下がってるな」という状態.
高Cl型代謝性アシドーシスを合併し,HCO3-の変化を強めている可能性があります.
例えば,
糖尿病性ケトアシドーシス患者だが,慢性の下痢を呈していた
なんて状況.
代謝性アシドーシスの鑑別 まとめ
以上,AGの意義に始まり,AG上昇型・正常型の鑑別を確認.
低アルブミン症例におけるアルブミン補正の必要性を説明し,
AG上昇型代謝性アシドーシスの際には他の病態の合併を見逃さないようにする,
という流れでした.
おまけとして,高Cl型代謝性アシドーシスの際に使える,尿アニオンギャップよる鑑別,も加えておきました.
詳細はまた別の記事で.
条件によっては精度が低くなるとされていますが,Alb補正式などを用いることで,精度の面でも大きな問題はないとされており,実臨床でも広く使われています.
とっつき安いので,(集中治療専門医でもなければ)古典的アプローチをしっかり修得できていれば問題ない,と私は思います.
(これに対して新しい考え方である“Stewartアプローチ”も,素晴らしい考え方なので,いつか別の記事で言及させて頂きます.)
やや複雑な内容になっていましました.
しかし,実際にやることは,式に当てはめて淡々とフローチャートを進めていくだけです.
「何が起きていて何を計算しているのか」を一度だけでも理解しておくと,型にはまらないイレギュラーなケースにおける柔軟性を獲得できるので,是非この記事の内容で皆さんの理解を深められたら幸いです.
この記事のために引用した文献・webページなど
・レジデントノート 2012年7月号 Vol.14 No.6 〜 実践で活かす! 血液ガス分析 安田 隆 (編集)
・わかる血液ガス―ステップ方式による検査値の読み方 L.マーチン (著)
・酸塩基平衡の考えかた: 故(ふる)きを・温(たず)ねて・Stewart 丸山 一男 (著)
・高松赤十字病院webページ 平成29年度第10回 モーニングセミナー
・Mehta AN, Emmett JB, Emmett M. GOLD MARK: an anion gap mnemonic for the 21st century. Lancet. 2008;372(9642):892.